山 桜 の 歌 を つ く る
大正十一年 三月(1922)36歳


「湯ヶ島」吊り橋上の牧水


歌集「山櫻の歌」
  大正十一年三月下旬、牧水は 山桜の歌 を作りたいと思い、付近
 に山桜の多い伊豆の湯ケ島温泉に三週間ばかり滞在して花の咲
 き初める頃から、すっかり散りおえて若葉になるまで心ゆくばかり眺
 めて山桜の古今の名歌といわれる歌を含む二十三首を作りました。

    うす紅に葉はいちはやく萌えいでて
           咲かむとすなり山ざくら花


    
瀬々走るやまめうぐいのうろくづの
             美しき春の山ざくら花

   うらうらと照れる光にけぶりあひて
            咲きしづもれる山ざくら花

   つり橋のゆるるあやふき渡りつつ
          おぼつかなくも見し山ざくら


   
山ざくら散りのこりゐてうす色に
        くれなゐふふむ葉のいろぞよき




利根川のみなかみ地方の旅
大正十一年 十月(1922)37歳



暮坂峠の詩碑





牧水が愛用した矢立
  十月、牧水は利根川の上流地帯の群馬、栃木、
 長野三県の山岳地帯を旅しました。
  この旅で 「枯野の旅」 と題する詩を数篇
 作っています。

       乾きたる
     落葉のなかに栗の実を
     湿りたる
     朽葉がしたに橡の実を
     とりどりに
     拾ふともなく拾ひもちて
     今日の山路を越えて来ぬ

     長かりしけふの山路
     楽しかりしけふの山路
     残りたる紅葉は照りて
     餌に餓うる鷹もぞ啼きし
     上野の草津の湯より
     沢渡の湯に越ゆる路
     名も寂し暮坂峠

  
この「乾きたる・・」の詩が [暮坂峠の詩碑] に
 牧水の旅姿と共に
刻まれています。

     草鞋よ
     お前もいよいよ切れるか
     今日
     昨日
     おとつひ
     一昨日
     これで三日履いて来た

     履上手の私と
     出来のいいお前と
     二人して越えて来た
     山川のあとをしのぶに
     捨てられぬおもひもぞする
     なつかしきこれの草鞋よ