延 岡 中 学 校 の こ ろ
なつかしき 城山の鐘 鳴りいでぬ をさなかりし日 聞きしごとくに |
今の延岡市
延岡市について牧水は、少年向け読み物「 金比羅参り 」に次のように書いています。 「日向の国延岡町といいますと、今は相当に開けているそうですが、その頃は極くひっそりした |
創設当時の延岡中学校
延岡高等小学校三年の時に県立延岡中学校が創立されましたので入学試験を受 けまして、
百人中四番の成績で合格し副級長を命ぜられ、寄宿舎明徳寮に入舎し て第一室長を命ぜられ
ました。
二年の時初めて歌を作り、次の三首を 「校友会誌」 に投稿しました。
梅の花 今や咲くらむ 我庵の 柴の戸あたり 鶯の鳴く 身にまとぶ 綾や錦は ちりひぢや 蓮の葉の上の 露も玉哉 かくれたる 徳を行ひ 顕れぬ 人は深山の 桜なりけり |
この歌を時の山崎校長先生が激賞されました。 |
作歌を始めた頃の牧水(中央) 回覧雑誌「あけぼの」と「野虹」 |
この頃は中学生は小説を読むことは禁じられていました。 牧水は前述したように尋常科四年の頃から小説(朝日桜)を読んで いました ので読みたかったのでしょう。 友人から『里見八犬伝』を借りて寄宿舎で読んでいましたら舎監の 先生から 見つけられて叱られた上焼いてしまえと命ぜられました。 牧水は涙を流しながら「友人から借りた本ですから明日すぐ返しま すから許 して下さい」と願ったが許されず、泣く泣く『里見八犬伝」を 火の中に投じまし た。 四年生の頃、回覧雑誌を編集しました。 総合雑誌が「あけぽの」で、歌の同人雑誌が「野虹」で共に各自 が毛筆で書いた原稿を一冊にまとめています。 |
牧水は晩年、中学時代の 鮎釣り を思い出して 25種の歌を作っています。 その中の数首・・・ ふるさとの 渓荒くして 砂あらづ 岩を飛び飛び 鮎は釣りにき 上つ瀬と 下つ瀬に居りて をりをりに 呼び交しつつ 父と釣りにき 幼き日 釣りにし鮎の うつり香を いまてのひらに 思ひ出でつも 釣り暮らし 帰れば母に 叱られき 叱れる母に わたしき鮎を |