早稲田大学のころ
岡山県阿哲郡哲西町二本松峠の歌碑
この歌を作ったころの牧水(左) |
幾山河 越えさり行かば 寂しさの はてなむ国ぞ けふも旅ゆく この歌は、明治四十年、大学四年生の夏休みに中国地方を旅行 した途中、 岡山県の山手の 二本松峠の茶屋 から友人に差し出 したはがきに書いてありました 。 |
牧水は明治三十六年中学校最終学年を迎えて将来の進路を決めねばならぬ歳 になりまし 早稲田大学入学のために上京の途についた明治三十七年四月四日の日記に次の ように記 |
早稲田の三水 (左から射水、蘇水、牧水) |
大学では歌を尾上柴舟先生について学びました。 詩人の北原白秋とは同期で二回同じ下宿で勉強し た親しい間柄であります。 当時、白秋は射水と号し、他に歌の友に中林蘇水 がいました。 牧水、射水、蘇水が早稲田の三水と呼ばれました。 |